子どもの成長…もうできることがあまりない気がしてきました

9月も半ばとなり、世間では学校が始まっていますが、娘の入る専門学校は10月始まりなので、ただいま入学準備中です。同時期に20歳になるため、区切りも良く再スタートです。

不登校になったのが13歳で、もう20歳。コンプリメントをやっているうちに、あっという間にここまで来た気がします。

私の心の声としては「今度こそちゃんと通って卒業してほしい…」「時間がかかっても、いずれ就職して自立してほしい…」というものですが、心の声ではなく、完全に言っちゃってました。

私が多少なりとも「大丈夫かな?」と思っているため、つい悪い癖で娘のことも同一視してしまうのですが、先日、不安どころか「早く始まってほしい!」という言葉が出て意外でした。

その上、入学後にやりたいこととして「委員会への参加」「先輩に覚えてもらう」「人脈を作る」「資格を取る」などなど、これまで一度も聞いたことがないような意識の高い言葉が出てきて、え…そんなこと考えてるの!? と耳を疑いました。

なんでも、入りたい会社があるらしく、採用人数が少ない、大変な人気のところですが、そのために4年間頑張るそうです。就職のために仕方なく行くのかも? とは親の勝手な憶測でした。

体験入学で行った専門学校は、大学よりも高校に近い雰囲気らしく、あまり性に合わない学校で中高を過ごした分、楽しんでほしいと思います。

今の話で、なんだかすごくホッとして、というのも「中退を繰り返すようなことになったら…」ということなのですが「ドンと構えて」と思いながら、実はえらく心配していた自分に気がつきました。

森田先生が「子どもは自分で決めたことは守ります」とおっしゃっていました。中学から大学までエスカレーターで、自分で決めた進路ではなかったため、今回初めて「子どもが自分で決めた進路」となります。私はそれを忘れそうになっていました。

大変なこともあるでしょうが、私ができることは、日々のコンプリメントぐらいしかもうないような気がしてきました。

中1の頃のトレーニングで習ったあれこれ…明日のシミュレーションだとか、送り迎えは過保護でとか、行事はどうするとか、新学期の背中押しとか、さすがに、もうそれらをやることもないんだろうな、と少し寂しいような、しみじみとした気持ちになりました。

子どもの乗り越える力を信じて、見守る段階に、ようやくなってきたのかもしれません。

不登校になった時に「ただ見守る」選択をしていたら、今のようには絶対になっていないと言えます。やはり苦しくも楽しい6年間があっての今なのかな…と幸せを感じます。

はじめから見守っていたら多分今頃引きこもりになっているはず。内部進学はまず不可能でしたし、退学して通信へ行っても、高卒の資格が取れていたかどうか。大学までは無理だったでしょう。

今がまさに大変な方もいらっしゃるでしょうが、1年、3年、6年…必ず楽になっていくはずなので、今日一日のコンプリメント(とノート書き)を大切に、一緒に頑張っていきましょう。

必ず道は開けます。